Jリーグは、日本サッカーのレベルアップを目的に、1991年11月1日に創設されました。
1980年代後半から、日本サッカーの水準向上を図るため、プロリーグ設立が検討され、単にクラブを法人化し、選手をプロ化するだけでなく、特定の地域に基盤を置き、地域の人々、そして子どもからトッププレーヤーまで一貫してサッカーが出来る環境を作り上げようという構想を打ち出しました。
Jリーグは、充実したスポーツ施設と選手の育成強化システムを構築しながら、日本サッカーのレベルアップを目指すこととし、また同時に、多くの人々がスポーツを楽しめる場を全国各地につくっていきたいという大きな目標を掲げ、1993年5月15日に開幕しました。
Jリーグは、プロスポーツとしてエンターテインメントを提供する一方で、誰もがいつでも気軽にスポーツを楽しめる環境づくりを目指し、Jクラブと協力してさまざまな事業に取り組んでいます。
豊かで充実したスポーツ環境を実現するためのプラン、取り組み、活動の総称が「Jリーグ百年構想」です。
「スポーツで、もっと、幸せな国へ」。
地域に根ざしたスポーツクラブを核に、人々がスポーツで爽やかな汗を流し、笑顔で語らう社会の実現。
それがJリーグの願いです。
「Jリーグ百年構想〜スポーツで、もっと、幸せな国へ。〜」というスローガンの原点は、ドイツにあります。
1960年、東京オリンピックを4年後に控えたサッカーの日本代表チームは、西ドイツ(当時)のデュイスブルクにあるスポーツシューレ(シューレは学校という意味)で、強化合宿を行いました。その施設で選手たちが目にしたのは、当時の日本のスポーツ環境とはおよそかけ離れた光景でした。白樺の林に囲まれた緑のピッチの上では、同じ施設に合宿中の子どもたちが元気にボールを追い、アリーナでは車椅子の人々が球技に興じる。それは驚きを通り越し、衝撃ともいえる体験でした。
スポーツシューレだけでなく、ドイツではどんな「まち」にもスポーツクラブがあります。そこでは、老若男女がそれぞれのレベルに応じて好きなスポーツを楽しみ、地域における人々の交流の拠点となっています。トップクラスの選手の強化、育成だけでなく、一般の人々へ広くスポーツの機会を提供しようとする試みは国の重要施策の一つとして、民間スポーツ組織がリーダーシップを取り、政府や地方公共団体の財政的援助を得て行われてきました。
もちろん、ドイツなど欧州のスポーツ環境は、30年以上の時を経て大きく変わっています。クラブは伝統を誇りとし、地域との結びつきを大切にしながら、時代とともに変化、進歩する周囲の状況に適応し、常に新しいものにチャレンジしています。
Jリーグも、原点の感動を心にとどめながら、スタッフや関係者を積極的に視察へ派遣し、先進地域のクラブから学ぶなど、発展に役立てようとしています。そして、わが国における豊かなスポーツライフの創造に向けた努力は、全国各地で着実に実を結びつつあります。
Jリーグでは、Jクラブの本拠地を「ホームタウン」と呼んでいます。
ホームタウンとは、"本拠地占有権"、"興行権"の意味合いの強い「フランチャイズ」とは異なり、「Jクラブと地域社会が一体となって実現する、スポーツが生活に溶け込み、人々が心身の健康と生活の楽しみを享受することができる町」を意味しています。
参考:Jリーグ規約第21条
〔Jクラブのホームタウン(本拠地)〕第2項
「Jクラブはそれぞれのホームタウンにおいて、地域社会と一体となったクラブづくり(社会貢献活動を含む)を行い、サッカーをはじめとするスポーツの普及および振興に努めなければならない。」
Jリーグが目指す「地域に根ざしたスポーツクラブ」とは、ホームタウンの市民・行政・企業が三位一体となった支援体制を持ち、その町のコミュニティとして発展するクラブをいいます。
Jリーグがスポーツエンターテインメント以上の価値を持つのは、Jクラブが地域に根ざしながら、ホームタウンのシンボルとして存在するところにあります。
これは、Jリーグが出来る前の「スポーツ」の世界には無い概念でした。
地域を代表する存在だからこそ、Jリーグはチームの呼称を「地域名+愛称」としています。
また、チーム名の呼称を「地域名+愛称」とすることで、Jクラブはホームタウンの市民・行政・企業の理解と協力を得られやすくなり、経済的に自立することができます。Jクラブが経済的に自立してはじめて、地域に根ざしたスポーツクラブとして地域のスポーツ文化の醸成に貢献できると考えています。
Jリーグは、「地域に根差したスポーツクラブ」を核として、誰もが生涯を通じてスポーツを楽しめる環境づくりを行うことによって、理念の具現化を図ろうと考えています。Jリーグは、全国各地に仲間を増やすために、1999年シーズンより1・2部制を導入しました。
Jリーグ参入の門戸を広げ、同じ理念を持つクラブが増えることにより、全国の優秀なプレーヤーの受け皿も広がります。また入れ替えによって競争意識を喚起し、リーグ全体の活性化と日本サッカーのレベルアップも図れると考えます。この1・2部制により、トップリーグ(J1)へのステップとしてのリーグ(J2)が設置され、多大な費用を必要としなくてもJリーグに参加できるようになりました。
全国各地で新たにJリーグ入会を目指す動きが活性化したのを受け、公益財団法人 日本サッカー協会(JFA)とJリーグは、2005年10月、Jリーグ将来構想委員会を創設しました。同委員会の役割は、「Jリーグを頂点とする国内全体のリーグ構造、Jリーグ参入を目指すクラブの経営モデルを含め、Jリーグの将来構想を定める」と規定されました。
2006年に公表された同委員会の第1回報告「J2リーグの将来像」では、J2を将来22クラブ以上にすることを目指す提言とともに、新たなJ2入会基準、クラブづくりの具体例および「Jリーグ準加盟制度」の内容が示されました。
2011年12月現在、準加盟クラブは3クラブです »
| S.C.相模原 | カマタマーレ讃岐 | V・ファーレン長崎 | |
|---|---|---|---|
| 法人名 | 株式会社 スポーツクラブ相模原 (代表取締役 望月 重良) |
株式会社 カマタマーレ讃岐 (代表取締役会長 熊野 實) |
株式会社V・ファーレン長崎 (代表取締役 宮田 伴之) |
| 設立 | 2008年3月6日 | 2008年1月16日 | 2006年6月28日 |
| 所在地 | 神奈川県相模原市中央3-7-4 高橋第2ビル1F | 香川県高松市西春日町1059-13 | 長崎県諫早市多良見町市布1558 |
| 所属リーグ | 関東サッカーリーグ2部 | 日本フットボールリーグ(JFL) | 日本フットボールリーグ(JFL) |
| ホームタウン | 神奈川県相模原市 | 香川県高松市、丸亀市を中心とする全県 | 諫早市、長崎市を中心とする全県 |
| ホームスタジアム | 相模原麻溝公園競技場(予定) | 香川県丸亀競技場 | 長崎県立総合運動公園陸上競技場(予定) |
| 準加盟承認日 | 2010年2月16日 | 2011年2月15日 | 2009年2月17日 |
Jリーグは、J2入会を目指すクラブで、一定の基準を満たしたものを「Jリーグ準加盟クラブ」として認定する。本制度はJFL所属クラブだけでなく、地域リーグまたは都道府県リーグ所属クラブも対象となり、J2入会には、JFL所属の「Jリーグ準加盟クラブ」であることが条件となる。
Jリーグは、JFAと協力し、「アドバイザーチーム」を設置し、準加盟クラブがJ2入会基準を満たす取組に対して、さまざまなサポートを行うこととする。
| J1入会(昇格) | J2入会 | 準加盟 | |
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| 競技 |
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| 法人 |
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| ホーム タウン |
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| ホーム スタジアム |
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| ファン・ サポーター |
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| 育成 |
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| その他 | ─────── |
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| 費用 |
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| *:債務超過とは、総資産から総負債を引いた値(純資産)が、負であること。 Jリーグ入会審査における債務超過の判定は、([1]前期末の純資産)+([2]今期の収支見込み)+([3]今期中の増資)によって行う。 このうち[2]は、11月末時点で、当期の決算時の損益を予測することになる。この予測は経営諮問委員会が、クラブの財務諸表を査定して行う。 |
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