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日本サッカーの水準向上と、豊かなスポーツ文化の醸成のために───

世界中のサッカーにかかわる人々の夢は、自国の代表チームがFIFAワールドカップに出場し、そして優勝すること。
日本はFIFAワールドカップ出場を目指しながら、1990年代の初めまでは夢に終わる日々が続いていました。
お隣の韓国が国内リーグをプロ化し、FIFAワールドカップ出場を成し遂げている中、日本は1968年のメキシコオリンピックにおける銅メダル獲得に沸いたブーム後、スタジアムには閑古鳥が鳴き、成長のきっかけがつかめず試行錯誤を繰り返していました。
夢を実現するためには、サッカー先進国と同じ環境をつくり、国内サッカーの頂点を引き上げることが急務となり、そのためにはプロリーグの設立が不可欠でした。
日本サッカー界は1980年代後半に、夢の実現に向けてプロ化に動き出し、1991年11月、Jリーグを設立。企業のサッカー部を法人化してプロにするだけでなく、一貫した選手育成ができる環境を整えることによって、恒常的に人材が輩出する組織をつくること。単なる「プロサッカーチーム」ではなく、多くの人々がスポーツを楽しめる「クラブ」として、地域に根ざした存在となること。そのようなクラブを全国各地につくり、豊かなスポーツ文化を醸成させることを目標に掲げて、Jリーグは1993年5月15日、多くの人々の夢を乗せて開幕しました。

夢の実現───

華々しくJリーグが開幕すると、サッカーに携わる人々、サッカーを愛する人々の夢が、現実のものとなっていきました。
開幕から3年目の1996年にはU-23日本代表が、アトランタで行われるオリンピックの予選を突破して28年ぶりの出場を決めると、同年には2002年のFIFAワールドカップ日韓共同開催が決定しました。
1997年11月には、長く苦しい予選の末、日本代表が悲願のFIFAワールドカップへの初出場を決め、日本中が歓喜に沸きました。
その後、4大会連続でFIFAワールドカップとオリンピックに出場。AFCアジアカップでは1992年以降4回の優勝を果たすなど、日本はアジアの王者として揺るぎない地位を築き、現在では多くの選手が海外へ飛躍し、活躍するまでに成長しました。
さらに、AFCチャンピオンズリーグで王者となったクラブがFIFAワールドカップに出場し、世界の強豪クラブと同じ舞台で戦う機会を得るようにもなりました。
まさに夢が実現し、日本サッカーの水準向上という目的が果たされてきました。Jリーグの発展が、世界への道を開いたのです。

新しい文化の創造───

サッカーは、世界中で愛されているスポーツです。
シーズン中の週末などにはスタジアムやJクラブのホームタウンで。日本代表が試合を行う日は、全国津々浦々で。勝利の喜びに街が沸き、知らない人同士が喜びや悲しみを分かち合う。数あるスポーツの中でも、サッカーにしかない現象は、20世紀の終わりに日本に生まれた新しい文化といえるでしょう。
日本サッカーのレベルが確実に上がっていく一方、Jリーグは、サッカーを通じたスポーツ文化の振興、Jクラブを中心とした地域スポーツの振興にも取り組んできました。
それまでの中心だった学校体育と企業スポーツのほかに、「市民クラブ」や「地域スポーツ」といった新しい概念が生まれました。
一年中、緑が鮮やかなピッチの上で繰り広げられるパフォーマンス。地域のクラブを応援することと、「我が街」を誇りに思うことが等しくなる「ホームタウン」という概念。スタジアムとJクラブが中心にある街づくり。
Jリーグが開幕して約20年の間に、新しいスポーツ文化が日本中で次々と生まれ、定着してきました。

創立20周年を迎えて、さらなる挑戦へ───

Jリーグは今年、創立20周年を迎え、1993年の開幕以来、19シーズン目を迎えます。
20年の間に、Jリーグのクラブ数は10から38に増え、全国各地にスポーツ文化の担い手であるクラブが広がっています。
しかし、理想の実現への道のりは必ずしも平たんではありません。ここ数年は経済状況の変化などが、Jクラブの経営などに色濃く影を落としています。
このような状況においてもJクラブが経済的に自立し、発展していくためには、地域に愛され、なくてはならない存在となる基盤づくりと、常に前進できる経営面での体力をつけることが不可欠です。特に、Jリーグの原点となるスタジアムが常に満員となることは、クラブ経営、リーグ運営の核であり、指標となり、経営面での体力の源となります。
Jリーグは、2007年から2010年まで、全公式試合の入場者数を年間で1,100万人とすることを目標とする「イレブンミリオン・プロジェクト」を掲げ、全クラブが一丸となってスタジアム来場者を増やす施策を行ってきました。残念ながら目標は達成できませんでしたが、取り組みの中で、Jリーグの理念に目を向け、実現に向けた努力をすることと、新しい挑戦を続けることが必要であると再認識しました。
今後もJリーグの価値を高めるために、参加するクラブの水準を定めるクラブライセンス制度や、原点となるスタジアム環境の向上、スタジアムを中心にした街づくり、何よりサッカーの質を高めるための新たな取り組みが必要となっています。
日本に新しい文化や概念を生み出し、スポーツ界の挑戦者であり続けたJリーグは、約20年間で築き上げてきたものを生かし、さらに高めるための、次なる挑戦のステージに立っているのです。

Jリーグ設立主旨

 Jリーグは、日本サッカーのレベルアップを目的に、1991年11月1日に創設されました。
 1980年代後半から、日本サッカーの水準向上を図るため、プロリーグ設立が検討され、単にクラブを法人化し、選手をプロ化するだけでなく、特定の地域に基盤を置き、地域の人々、そして子どもからトッププレーヤーまで一貫してサッカーが出来る環境を作り上げようという構想を打ち出しました。
 Jリーグは、充実したスポーツ施設と選手の育成強化システムを構築しながら、日本サッカーのレベルアップを目指すこととし、また同時に、多くの人々がスポーツを楽しめる場を全国各地につくっていきたいという大きな目標を掲げ、1993年5月15日に開幕しました。

 Jリーグは、プロスポーツとしてエンターテインメントを提供する一方で、誰もがいつでも気軽にスポーツを楽しめる環境づくりを目指し、Jクラブと協力してさまざまな事業に取り組んでいます。
 豊かで充実したスポーツ環境を実現するためのプラン、取り組み、活動の総称が「Jリーグ百年構想」です。
 「スポーツで、もっと、幸せな国へ」。
 地域に根ざしたスポーツクラブを核に、人々がスポーツで爽やかな汗を流し、笑顔で語らう社会の実現。
 それがJリーグの願いです。

クラブづくりの原点と革新に触れて

 「Jリーグ百年構想〜スポーツで、もっと、幸せな国へ。〜」というスローガンの原点は、ドイツにあります。
 1960年、東京オリンピックを4年後に控えたサッカーの日本代表チームは、西ドイツ(当時)のデュイスブルクにあるスポーツシューレ(シューレは学校という意味)で、強化合宿を行いました。その施設で選手たちが目にしたのは、当時の日本のスポーツ環境とはおよそかけ離れた光景でした。白樺の林に囲まれた緑のピッチの上では、同じ施設に合宿中の子どもたちが元気にボールを追い、アリーナでは車椅子の人々が球技に興じる。それは驚きを通り越し、衝撃ともいえる体験でした。
 スポーツシューレだけでなく、ドイツではどんな「まち」にもスポーツクラブがあります。そこでは、老若男女がそれぞれのレベルに応じて好きなスポーツを楽しみ、地域における人々の交流の拠点となっています。トップクラスの選手の強化、育成だけでなく、一般の人々へ広くスポーツの機会を提供しようとする試みは国の重要施策の一つとして、民間スポーツ組織がリーダーシップを取り、政府や地方公共団体の財政的援助を得て行われてきました。
 もちろん、ドイツなど欧州のスポーツ環境は、30年以上の時を経て大きく変わっています。クラブは伝統を誇りとし、地域との結びつきを大切にしながら、時代とともに変化、進歩する周囲の状況に適応し、常に新しいものにチャレンジしています。
 Jリーグも、原点の感動を心にとどめながら、スタッフや関係者を積極的に視察へ派遣し、先進地域のクラブから学ぶなど、発展に役立てようとしています。そして、わが国における豊かなスポーツライフの創造に向けた努力は、全国各地で着実に実を結びつつあります。

ホームタウン

 Jリーグでは、Jクラブの本拠地を「ホームタウン」と呼んでいます。
 ホームタウンとは、"本拠地占有権"、"興行権"の意味合いの強い「フランチャイズ」とは異なり、「Jクラブと地域社会が一体となって実現する、スポーツが生活に溶け込み、人々が心身の健康と生活の楽しみを享受することができる町」を意味しています。

参考:Jリーグ規約第21条
〔Jクラブのホームタウン(本拠地)〕第2項
「Jクラブはそれぞれのホームタウンにおいて、地域社会と一体となったクラブづくり(社会貢献活動を含む)を行い、サッカーをはじめとするスポーツの普及および振興に努めなければならない。」

地域名+愛称

 Jリーグが目指す「地域に根ざしたスポーツクラブ」とは、ホームタウンの市民・行政・企業が三位一体となった支援体制を持ち、その町のコミュニティとして発展するクラブをいいます。
 Jリーグがスポーツエンターテインメント以上の価値を持つのは、Jクラブが地域に根ざしながら、ホームタウンのシンボルとして存在するところにあります。
 これは、Jリーグが出来る前の「スポーツ」の世界には無い概念でした。
 地域を代表する存在だからこそ、Jリーグはチームの呼称を「地域名+愛称」としています。
 また、チーム名の呼称を「地域名+愛称」とすることで、Jクラブはホームタウンの市民・行政・企業の理解と協力を得られやすくなり、経済的に自立することができます。Jクラブが経済的に自立してはじめて、地域に根ざしたスポーツクラブとして地域のスポーツ文化の醸成に貢献できると考えています。

1・2部制の意義

 Jリーグは、「地域に根差したスポーツクラブ」を核として、誰もが生涯を通じてスポーツを楽しめる環境づくりを行うことによって、理念の具現化を図ろうと考えています。Jリーグは、全国各地に仲間を増やすために、1999年シーズンより1・2部制を導入しました。
 Jリーグ参入の門戸を広げ、同じ理念を持つクラブが増えることにより、全国の優秀なプレーヤーの受け皿も広がります。また入れ替えによって競争意識を喚起し、リーグ全体の活性化と日本サッカーのレベルアップも図れると考えます。この1・2部制により、トップリーグ(J1)へのステップとしてのリーグ(J2)が設置され、多大な費用を必要としなくてもJリーグに参加できるようになりました。

Jリーグの将来像

 全国各地で新たにJリーグ入会を目指す動きが活性化したのを受け、公益財団法人 日本サッカー協会(JFA)とJリーグは、2005年10月、Jリーグ将来構想委員会を創設しました。同委員会の役割は、「Jリーグを頂点とする国内全体のリーグ構造、Jリーグ参入を目指すクラブの経営モデルを含め、Jリーグの将来構想を定める」と規定されました。

〈Jリーグの将来像〉※2008年7月発表
  1. J2リーグのクラブ数を、22まで増やす。
    • J2が19クラブになった翌シーズンに入会できるクラブ数は、22から逆算して定める。
      ※この場合もJFL4位以内など、一定の成績条件を設ける。
  2. J2リーグが22クラブになったシーズンから、J2とJFLの入れ替え制度を導入する。
    • JFLからJ2へ最大3クラブが昇格し、同数のクラブがJ2からJFLへ降格する。
      入れ替え戦またはプレーオフ等は実施しない。
    • JFL所属クラブは、Jリーグが別に定める入会条件を満たさない場合、JFL順位に関わらず昇格(入会)できない。
    • J2からJFLへ降格したクラブは、Jリーグ会員資格を失う。
  3. J2リーグが18クラブになったシーズンから、J1とJ2の入れ替え戦を廃し、リーグ戦成績をもって昇降格要件とする。
    • J2からJ1へ最大3クラブが昇格し、同数のクラブがJ1からJ2へ降格する。
    • J2クラブは、リーグが別に定めるJ1昇格基準を満たさない場合、J2順位に関わらず昇格できない。
  4. 全国でJリーグを目指しうる100以上のクラブが活動することを、将来目標とする。
    • Jリーグを目指しうるクラブとは、活動拠点(クラブハウスとグラウンド)を持ち、自立して法人格を持ち、スポーツを通じて地域に貢献するクラブ。
    • 上記のクラブが成立するために、全国のリーグ戦が整備される必要がある。
付記:JFAが並行して検討する事項
  1. JFLの活性化、およびJ2から降格したクラブへの支援施策。
  2. 地域リーグの、構造検討を含む活性化。
  3. JFL以下のリーグ構造の、検討および決定プロセス。

Jリーグ準加盟制度

国内のリーグ構造 2006年に公表された同委員会の第1回報告「J2リーグの将来像」では、J2を将来22クラブ以上にすることを目指す提言とともに、新たなJ2入会基準、クラブづくりの具体例および「Jリーグ準加盟制度」の内容が示されました。
 2011年12月現在、準加盟クラブは3クラブです »


現在の準加盟クラブ
  S.C.相模原 カマタマーレ讃岐 V・ファーレン長崎
法人名 株式会社 スポーツクラブ相模原
(代表取締役 望月 重良)
株式会社 カマタマーレ讃岐
(代表取締役会長 熊野 實)
株式会社V・ファーレン長崎
(代表取締役 宮田 伴之)
設立 2008年3月6日 2008年1月16日 2006年6月28日
所在地 神奈川県相模原市中央3-7-4 高橋第2ビル1F 香川県高松市西春日町1059-13 長崎県諫早市多良見町市布1558
所属リーグ 関東サッカーリーグ2部 日本フットボールリーグ(JFL) 日本フットボールリーグ(JFL)
ホームタウン 神奈川県相模原市 香川県高松市、丸亀市を中心とする全県 諫早市、長崎市を中心とする全県
ホームスタジアム 相模原麻溝公園競技場(予定) 香川県丸亀競技場 長崎県立総合運動公園陸上競技場(予定)
準加盟承認日 2010年2月16日 2011年2月15日 2009年2月17日

〈Jリーグ準加盟制度〉

 Jリーグは、J2入会を目指すクラブで、一定の基準を満たしたものを「Jリーグ準加盟クラブ」として認定する。本制度はJFL所属クラブだけでなく、地域リーグまたは都道府県リーグ所属クラブも対象となり、J2入会には、JFL所属の「Jリーグ準加盟クラブ」であることが条件となる。
Jリーグは、JFAと協力し、「アドバイザーチーム」を設置し、準加盟クラブがJ2入会基準を満たす取組に対して、さまざまなサポートを行うこととする。

J1、J2、準加盟の主な資格要件
  J1入会(昇格) J2入会 準加盟
競技
  • J2リーグ戦で3位以内
  • プロA契約選手、15名以上25名以内
  • サテライトチームを編成できる
  • JFLで4位以内かつ準加盟クラブのうち上位3クラブ
  • トップにS級、育成にB級以上の指導者
  • プロA契約選手、5名以上
  • 都道府県リーグ、地域リーグ、またはJFL
法人
  • 経営面の昇格基準を満たしている
  • 公益法人、または株式会社
  • 常勤役員1名以上、常勤社員3名以上
  • 年間収入1.5億円以上。
  • 債務超過ではない。*1
  • 入会後広告収入として1億円以上確保。
  • 公益法人、株式会社、特定非営利活動法人
  • 常勤役員1名以上、常勤社員2名以上
  • 適正に運営されている
ホーム
タウン
───────
  • 自治体を確定すること
  • 自治体および都道府県サッカー協会が具体的な支援内容を文書で提出
  • 自治体および都道府県サッカー協会が応援姿勢を文書で示していること
ホーム
スタジアム
  • Jリーグ基準を満たすスタジアム(椅子席1万5千以上など)で、ホームゲームを80%以上開催することなど
  • Jリーグ基準を満たすスタジアム(椅子席1万以上など)で、ホームゲームを80%以上開催することなど
  • リーグ戦を相当数開催できる
  • Jリーグ基準を満たすか、将来Jリーグ基準に改修可能
ファン・
サポーター
───────
  • JFLで平均3千人以上の入場者数
  • ファンクラブ、後援会などの整備
  • 規程なし
育成
  • 第2種(18歳以下)、第3種(15歳以下)、第4種(12歳以下)のチームを保有
    ※第4種はスクール、クリニック等で可
  • 第2種、第3種、第4種のチームを保有
    ※第4種はスクール、クリニック等で可
    ※いずれか一つは3年間猶予
  • 規程なし
その他 ───────
  • 準加盟認定後、1年程度経過
    ※入会前々年の11月30日までに申請
  • Jリーグが必要と認めた項目
  • 規程なし
費用
  • 入会金6千万円、年会費4千万円
  • 入会金2千万円、年会費2千万円
  • 入会金なし、年会費120万円
:債務超過とは、総資産から総負債を引いた値(純資産)が、負であること。
 Jリーグ入会審査における債務超過の判定は、([1]前期末の純資産)+([2]今期の収支見込み)+([3]今期中の増資)によって行う。
 このうち[2]は、11月末時点で、当期の決算時の損益を予測することになる。この予測は経営諮問委員会が、クラブの財務諸表を査定して行う。