新しい世界への扉を押し開いた元Jリーガーたちの軌跡です
(OB紹介パンフレット「Off the Pitch」より)
サッカー指導者
2003年「Off the Pitch」取材
FC岸和田 クラブコーチ

北内耕成さん

キタウチ・コウセイ
1974年、高知県生まれ。現役時代はMF。阪南大学を経て、97年に当時JFLのサガン鳥栖に加入。JFL通算32試合出場、得点3。99年、J2発足と同時に鳥栖も加盟。2001年、引退。J2通算143試合出場、得点6。

現役時の資格取得が面接にも有利に働く
 引退後、サッカー以外にやりたいものがない。そういう元Jリーグ選手は多いが、北内さんもその一人だった。だが、いざコーチになろうと知人を通じていろいろ当たったがなかなか見つからない。キャリアサポートセンターの重野さんから電話がかかってきたのは、そんなころだった。数ある求人情報の中から、大学時代を過ごした大阪にあるFC岸和田を選んだ。地元の高知に戻るという選択肢は自ら消した。
「Jリーグ選手はあまり出ていない地元で、ちやほやされて甘やかされるのが怖かったんです。いろいろ勉強してみたかった。それにFC岸和田は、市内にあるいくつかの中学校の教諭が中心となってできたこれからのチーム。『地域にサッカーを根付かせたい』という責任者の河内先生の考えが、自分の考えに似ていると感じたのも大きかった」
地域スポーツ指導員C級を取得しておいたことも、面接では有利に働く。評価が上がったことを実感した。
「取得するのは面倒くさかったけど、結果的に役立って、取っておいてよかったですよ。このとき、しみじみ実感しましたね」

子供は気まぐれ、飽きない指導を
 北内さんが主に指導するのは小学生。基本的な技術をいかに面白く、飽きないように覚えさせるかに焦点を絞っている。
「指導していると改めて基本が大事だと思います。だからゲームを多くすると子供は喜びますけど、それだけじゃいけない」
子供たちはなかなか人の話を聞かないし、態度もコロコロ変わる。最初のうちは流していたが、それでは身につかないので、練習方法はその場で決めたりする。
「なあなあになりますからね。そういうところが難しい。子供は何を考えているかわからないですしね。怒ってやらすのはイヤだけど、怒るのもたまには必要だ、と最近は考えてますね」
 夜はたいがい、飲み屋でFC岸和田の運営担当者である中学校の先生たちとサッカー談議だ。先生方は年も近く、とても話がしやすい。いろいろ質問するが、指導は慣れの要素も大事だと思うようになってきた。
「何より、自分が先生たちの熱意に引っぱられている。ここに骨を埋めるつもりでやってますよ。この地域にサッカーを根付かせて、将来はJリーグ選手を出したいですね」
 
現在の仕事に就くまでの軌跡
01年 27歳 Jリーグ選手対象講習会で公認準指導員を取得
サガン鳥栖在籍時、佐賀県サッカー協会主催の講習会に参加。Jリーグ選手対象の公認準指導員養成講習会に参加。7万〜8万円の費用がかかるところ、2万〜3万円ですんだ。その後、通信講習で地域スポーツ指導員C級を取得。
02年 28歳 キャリアサポートセンターを通じて就職活動
当初、指導者を目指し、知り合いを通じて就職先を当たるものの見つからず。キャリアサポートセンターからの連絡をきっかけに『Off the Pitch 2002』で就職活動を開始。
03年 28歳 『Off the Pitch 2002』に掲載されたFC岸和田の求人情報を見て応募。面接時には地域スポーツ指導員C級を取得していたことが評価され、今年4月より勤務。

■一日のスケジュール

15:00-16:30 小学生の指導
16:30-18:00 中学生の指導
18:00-19:30 小学生の指導
※1日に2〜3クラスを担当
※週末は試合

■NPO法人サッカーコーチになるポイント

  • 指導者ライセンスは取得しておくこと。数少ない確実な評価の対象である
  • NPOとしての活動の趣旨、構想を理解することはもちろん、待遇はその都度確認する