2003年「Off the Pitch」取材
株式会社アイ・ディアル 代表取締役社長
内藤潤さん
ナイトウ・ジュン
1970年、福井県生まれ。小学校からサッカーを始める。転校を重ねるが、各地のクラブチームでサッカーを続け、実績を残す。静岡学園高校に入学。卒業後、ブラジルにサッカー留学。サンパウロのポンチ・プレッタで研修し、2年目には、サテライトチームながら試合出場も。Jリーグ開幕年から、横浜フリューゲルス(現・横浜Fマリノス)で活躍。95 年、ヴィッセル神戸に移籍。98年引退。約1年の充電期間を経て、業務委託として、フットサル場の運営マネージャーに。

阪神・淡路大震災の日が移籍後、初練習の日
「横浜フリューゲルスからヴィッセル神戸に移籍が決まり、引っ越してきたのが1995年1月15日。その2日後が初練習の日でした。その1月17日早朝、阪神・淡路大震災は起こりました。それからは、自分やチームのためというよりは、神戸のためにみんなで頑張ろう。そんな気持ちで、チームができ上がっていった気がします。以前は、ライバルを引きずり落としてでも自分が、という個人中心の世界でしたから、この経験は、僕に大切なものを教えてくれたと思います」
出場機会になかなか恵まれず、不完全燃焼だった前クラブ時代に比べ、チーム、ひいては神戸復興にも貢献でき、内藤さんは結果だけではなく納得のいく日々が過ごせたと自負している。そのためか、クラブから戦力外通告があったときも、「さぁ、次は何をしようか」と、瞬時に頭が切り替わっていたそうだ。
「横浜フリューゲルスのときは、確かに、もっとやれたという後悔がありました。でも、ヴィッセル神戸では違った。僕がこれまでかけてきたものは、たまたまサッカーでした。でも、小さなころから、常に上を目指し、その結果、Jリーグという日本のサッカーの頂点で、自分でやれることはやったと納得した。その自信が、別のフィールドでも成功できると思わせたのです。サッカーとは違うことをやろう。別の成功を目指そう。引退を決意してから、不思議と新鮮な気持ちになっていました」
再度、ブラジルへ。自分探しの旅
引退した98年1月、内藤さんは、ブラジルへ。第二の人生をスタートするに当たって、昔、サッカー留学し、自分をプロの道へ導いた、かの国へ自分の身を置き、プロを辞めた自分がどのような気持ちになるか確かめたかったのだという。
「まずは、環境を変えることが必要だと思いました。その昔お世話になった、ブラジルと、その当時の選手たちに、サッカーとは関係なく会いたかった。昔のチームメイトに会ったのですが、彼らは、現役を引退して、牧場や、中古車業など、実家の仕事を継ぎ、家族と幸せに暮らしている。そして、プロを引退した自分にやさしく接してくれる。ああ、競争をしなくてもいい世界ってあるんだな。そのままの自分でいいんだ。そんなことを感じさせてくれる自分探しの旅でした」
大好きな神戸で、人に役立つことを
3カ月の旅も終わり、帰国。内藤さんは、第2の人生を考えるために本を読み始める。その数は100冊を超えたそう。
「ある本の中で、『自分の葬式にきた参列者に、どんなコメントをもらいたいか?』そんな問いかけがありました。それから、自分は人の役に立つ人間になりたい!そう思うように。同時に、いろいろな方に声をかけてもらって、全国を回るサッカークリニックの講師や、フットサルイベントの手伝いをして、素人である参加者が、プロだった自分たちよりサッカーを楽しんでいることにショックを受けた。自分も好きでサッカーを始めたはずなのに、何か大事なものを忘れてしまっている。自分が人の役に立てること。サッカーという素晴らしいスポーツを多くの人に体験し楽しんでもらいたい。だったら、気軽にサッカーを楽しめるフットサルのコートを、お世話になった大好きな神戸につくろう! そして、行動を開始しました」
業務委託契約を結びフットサル場の運営を
神戸の知り合いに声をかけ、空いた土地を持っている会社を探してもらえるよう依頼。並行して、フットサルイベントを手がける関東の会社や、実際にフットサル場を経営している会社に、ヒアリング。そのうち、土地を提供してくれる会社が見つかり、半年かけて事業プランを何度も書き直し、やっとGOの返事をもらえた。
「わからないことばかり。いろんな人から知識や、ノウハウを教えてもらいました。独立の形態は、土地を保有している会社と3年間の業務委託契約です。場所を提供してもらい、そこにフットサル場を2面設置し、自分がほぼ責任者となり運営をするというもの。開業以来、業績は好調で、なかなか予約が取れないほど繁盛しています。昨年4月には、目の前にある商業ビルの屋上に、3つ目のコートもつくりました。面貸し以外にも、サッカースクール、コートでの広告掲示、ヴィッセル神戸グッズの販売など、売上げ目標もクリアしています。そもそも、オーナーからは3年契約といわれていましたが、当初から、たくさん客をつけて、この契約期間を延長してもらおうと思ってましたからね(笑)。そのとおり、3年を過ぎた今でも運営を続けられています」
今年2月に入籍した奥様と共同で、株式会社アイ・ディアルを設立。フットサル場からすぐの場所に、レストランもオープンした。内藤さんの独立人生の本番は、これからだ。

| 現在の仕事に就くまでの軌跡 |
| 98年 27歳 |
契約更改ならず約1年の充電期間
ブラジルへ。プロ意識を開花させてくれた場所で、サッカーとは関係ない自分を考えたかった。自分を、これまでの環境と違う目で見られたからこそ、将来別のフィールドにいる自分がイメージできた。
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| 99年 28歳 |
ある本との出会い。そして起業準備スタート
個人主義のプロの意識を捨て、人のために何かをしたいと思い始める。自分が人に提供できる世界。やはりサッカー。気軽にサッカーを楽しめる、フットサル場の開業を計画し始める。
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| 99年 28歳 |
最初の独立・起業。フットサル場を開業
遊休地を持つ会社に営業。半年の交渉の後、GOが出た。着工から開業までの期間はたったの1カ月。しかし、多くの人たちの協力により、突貫工事も順調に。オープン後の経営も順調。 |
| 03年 32歳 |
フードビジネスとスポーツ事業を核とした会社設立
フードビジネスの会社を経営していた奥様と、入籍。フットサル場からすぐの場所に、奥様のビジネスと、レストランを併合するためのスペースをレンタル。株式会社も設立し、第二の事業スタート。 |
■MY GOAL〜将来の夢
- コンサルティング型事業をもっと伸ばしていきたい
- 現在の、フットサル場経営のシステムを確立し、フランチャイズ展開を検討しています。飲食事業や食品卸の事業も伸ばしていきたいですね。また、日本サッカー界のために、地元企業と、Jリーグクラブのインターンシップ交換もやってみたいです。お互いの人材にとって、とても有益な経験ができると思います。