Q 2001シーズンが終了し引退。その後浦和レッズのスカウトとして1年半勤務され、イングランドのリバプール大学に留学し、フットボールMBAを取得されました。その経緯についてお聞かせください。
そもそも、プロになれるとは全く思ってなかったんです。確かに小学校の卒業文集には「将来の夢、サッカー選手」って書いていましたが…。大学3年の終わりぐらいから声がかかって浦和の練習に参加して、こんなチャンスはないし、やりたいことやってお金をもらえるんだったら1年でもいいからチャレンジしてみようっていう気持ちで「大学を卒業したらプロサッカー選手」ということになったのです。
プロとしての目標もないまま1年目に試合に出て、シーズン終わりにケガをして2年目は試合に出れなくて。何がいけないのかと考えたとき、選手としての目標を設定していくことが大事だって思ったんです。そして「代表選手になってワールドカップに行く」という目標を立てました。リハビリしながら自分の足りない部分を見つめ直して、メンタルトレーニングの年間契約もしました。1998年に代表候補には入ったものの代表選手というレベルにはいかなくて。J2に落ちてJ1に復帰したころにはこの目標は現実的でないと思い、「浦和レッズでリーグ優勝」という目標を再設定しました。
浦和レッズから戦力外通告があったときに考えたのが「何のためにサッカーやろうかな」ということ。浦和レッズの優勝という目標でやってきたのにそれができなくなったからどうしようかなと。僕の中ではサッカーを1年でも多くというのはあまりなかったような気がします。普通だったらJ1でもJ2でもプロとしてやれるんだったら1年でも続けようと思いますよね。実際にJ2の2、3のクラブから声がかかって、プロとしてやれる環境にはあったんです。
でも、戦力外通告と同時にラッキーにも「辞めるんだったらクラブに残って仕事しろよ、違う立場で」とクラブから言われました。もともとクラブの経営サイドにはすごく興味があってたくさん勉強したし、浦和レッズからは、コーチになりたければコーチでもいいし、フロントに入りたければフロントでもいい、と言ってくれたので、結局は選手を辞めてフロントに入る決断をしたのです。
Q 現役時代から「辞めたら海外に行く」と決めていたそうですが、なぜ海外留学を希望されたのですか?
実は、浦和レッズのフロントに入ると決めたタイミングで、海外に行かせてくれと言いました。ただ、そのときは「留学したい」っていう漠然とした思いだけで、どこに行って何をしたい、こうしたら何が得られるっていうのがなかったんです。だからクラブ側にもアピールが足りなかったし、自分でも何の準備もしておらず、すぐに行ける状態じゃなかった。ですから、同時に留学の準備を始めたんです。引退してすぐに英語の勉強をスタートし、いろんな国や大学のリサーチをして、どこに行ったら何があるかを調べ始めて、半年後には「留学します」ってクラブに打ち明けました。ダメと言われたら辞める覚悟で。あわよくば浦和レッズのサポートを受けて行けたらいいなっていうのはありましたが。そうしたら、中村修三さん、森孝慈さん、そして当時の直の上司だった大久保堅司さんは「ああ、いいね」って。森さんは「これからは英語ができるスタッフが必要だ」っておっしゃっていました。ヨーロッパで情報を集めるっていう名目で条件は何もなかったです。

リバプール大学留学時、クラスメイトとドバイで行われたSoccerexというカンファレンスに出席(2003年11月)
写真提供/西野努さん
留学を希望した理由のひとつはスポーツビジネス、スポーツマネジメントの勉強を「大学院」という高いレベルで勉強できる環境は、日本にはないと思ったから。もうひとつは漠然と海外で生活したかった。人間の幅を広げるために、異文化に触れるとか異文化の中で生活をするっていうことは大事だと昔から思っていたから。大きな理由としてはその二つですね。
引退したとき、大学の時に勉強した会計士の勉強をもう一度やろうかなとまで考えたんですけど、やっぱり10年もサッカー界にいたのだから、何かサッカーに関する仕事をしようという結論になったのです。サッカーはヨーロッパがルーツだから、そこで生活し肌で感じることが、学問の勉強より大事だろうなと思ったのです。そうして調べたらイギリスのリバプールにフットボールMBAが取得できるという素晴らしい大学があるということで、行くことを決めたのです。
留学するには、まず英語の検定試験を受けなければならない。基準スコアを突破しないと入学資格はないんです。10カ月間仕事をしながら週1〜2回学校に通い、検定試験と実践的なことを勉強しました。イギリス留学専用の英語学校ですが、専任のチューターが一人ついて大学選びから手紙の書き方からすべてアドバイスしてくれるんです。非常に質の高い授業を経験し面白かったです。特に英語はできるだけレベルを上げていかないと苦労するからと言われました。
Q 留学して受けた授業は予想通りでしたか?
非常に高いレベルで、授業はすごく大変でした。まずは英語。いくら日本で勉強してスコアを取っていったとしても、現場で話されている英語というのは全く違う、特にスピードと訛り。最初の方は授業が分からなかったですね。
授業は、経営学の基礎コースに加えて「フットボール・インダストリーズ」コースがあります。毎週ゲストスピーカーとして、ヨーロッパのサッカー界の実践で活躍する人たちが講師をしに来てくれました。例えばクラブのGM、FIFAの担当者、審判、マーケティング会社の人など、実際にビジネスをしている人たちの話が聴けた。それがすごく面白かったですね。そういうところでコネクションをつくってインターンシップにつなげたりとかしていましたね。
僕がいたクラスは17カ国から34人。イギリス人は思ったより少なくて4、5人。ヨーロッパ本土が多くて、南米とアフリカはいなかったですね。あとはアジア。中国、韓国、日本人は毎年いるようです。元プロサッカー選手はいなかったですね。サッカーが好きでサッカー界で働きたいっていう人がほとんどのようです。でも、そういう人のほうが実際にいろいろなビジネスを知ってるし、学問は進んでた気がする。サッカーばかりしているよりも賢いですよ。