
元Jリーガーとはいえ1年生。気負うことなく、下級生としての整備も淡々とこなす

大学で学ぶことで自立心が強くなったと思う。今は、毎日が充実している

どんなプレーでも、手を抜かず集中して。言葉であれこれ言うよりもまずはプレーで見せる。それが小川流だ

以前はサッカーに関する本しか読まなかった。でも今は違います、大学生ですからたまには図書館も利用しますよ
サッカーにかかわるために指導者の道を選択
中学生時代にアビスパ福岡のJrユースにスカウトされ、その後、U-15、16、17と各世代で日本代表・センターバックとして活躍した小川久範さん。高校卒業後、順当にアビスパ福岡のトップチームに上がり、プロ選手となったが、2年間のプロ生活で公式戦のピッチに立つ夢は叶わなかった。
J2というチーム事情もあり、04年11月に戦力外通告を受けたが、その半年前くらいから予感はしていたという。もちろんまだやれるという自信もあったし、このままではという未練もあった。合同トライアウトに参加し、個別に実施されるJ2や地域リーグのセレクションなども受けた。そうしたプロセスの中で「選手としてプレーも続けたいけど、これからも、ずっとサッカーにかかわっていくためには、何をすればいいのだろうか」と小川さんは考えた。
そこで出た結論が指導者をめざすという選択だった。「センターバックだったせいか、人を動かしてよく指示をしていたし、人に教えることが好きだったから」と言う。
また中学時代からお世話になったアビスパ福岡で素晴らしい指導者に恵まれたことも頭にあったという。
「よく言われたんです。お前が思う存分にサッカーができるのは、周囲のおかげだって。家族やスタッフへの感謝の思いを抱いて、プレーすれば自然に集中でき、パフォーマンスが上がるものなんですよね」
コーチングをしっかり学び、指導者として恩返しを
キャリアサポートセンターに進路を相談すると、吉備国際大学が指導者育成に力を入れていることを知った。体育の教員免許のほか、日本サッカー協会の公認C級コーチライセンスなどが取れることが魅力だった。何よりスポーツ特待生制度があり、経済的負担を親にかけずにすむことがありがたかった。
すでに入学後、半年以上が過ぎ、大学生活とサッカー部の両立という新しい生活リズムにもすっかり慣れてきた。この夏休みには、帰郷がてら、アビスパ福岡のクラブハウスを訪ね、監督やスタッフに「指導者をめざして大学で学んでいます」と近況報告のあいさつに赴いた。
「もうクラブハウスに行くことはないと思っていたけど、時がたってサッカー選手として成長させてもらったのは、改めてアビスパのおかげだと思うようになれたから」と訪ねた理由を話す。
うれしかったのは「お前は指導者に向いていると思う」と声をかけてもらったこと。まだ先のことだが、将来、アビスパの下部組織で指導者として恩返しができたら……。そう小川さんは考え始めている。